どんどこ船は、大川や土佐堀川を漕ぎまわり、太鼓と鉦(かね)で天神祭を盛り上げる手漕ぎ船です。大人のどんどこ船と、小・中学生の〈小若〉が漕ぐ「子どもどんどこ船」があり、どんどこ船講はこのふたつのどんどこ船の運営を担います。大人およそ50人、小若40〜50人で構成され、神事に参加するため男性・男児しか乗船できません。祭りが近づく6月の後半から平林の貯木場へ船を下ろし、漕ぐ練習と鳴物の練習を行なっています。
天神祭の当日には、24日(宵宮)早朝の鉾流し神事で、流された鉾を御鳥船で追って拾い、その後宮入して神鉾返還を行う神事に参加。25日(本宮)の船渡御では自由な列外船として、列を離れて縦横無尽に漕ぎ回ります。
天満宮御旅所の氏子であった材木商、筏師、沖仲仕などが、木場から船で祭りへ行ったことがどんどこ船のはじまりといわれます。天保9(1838)年の文献資料に記載があることから、少なくとも江戸時代後半には存在していたようです。
現在のどんどこ船は、太平洋戦争後の昭和24(1949)年に天神祭が再開した際、空襲で焼失した船を、筏師と材木商が協力して復活させたものの流れを汲んでいます。その後昭和34(1959)年に「どんどこ船講」が結成されました。
どんどこ船には依代である笹とともに、梅鉢紋および木場と書かれた提灯が一緒に立てられます。船内の張板をまたいで半身に構えて船の側面を向いて座り、太鼓と鉦の調子に合わせて漕ぎます。
独特の漕ぎ方と、大阪府内で唯一の手漕ぎ船の伝統行事であることから、府の無形民俗文化財に指定されています。
どんどこ船の運営を行うのが、われわれ「どんどこ船講」です。太鼓や鉦といった鳴物で賑やかに祭りの始まりを知らせて盛り上げる、いわば天神祭専用のチンドン屋さんです。船の保全・補修から道具の管理、祭りの際の運び入れを行うほか、講として台船2隻、自航船を出しています。
先代の夏凪講元はいつも「祭りが賑やかやのうてどないするんや。鉦と太鼓と心意気で川の上から盛り上げるんがどんどこや」と話していました。その言葉のとおり、精一杯賑やかに、縦横無尽、神出鬼没に漕ぎ回っています。
どんどこ船に興味がある方は、ぜひ遊びに来て声をかけてください。祭りは見るだけでなく、参加して中に入った方がはるかに面白いものです。この講と天神祭を継いでいくため、多くの人に花火大会だけでない「祭り」を知ってほしいと願っています。大人の方も子どもさんも待っています。
どんどこ船講Youtube
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